ローシーズンのアコンカグア単独登山へ~世界一周中の挑戦~その①

2017/10/30

ローシーズンのアコンカグア単独登山へ~世界一周中の挑戦~その①アイキャッチ

ムーラの手配、登山道具のレンタル、パーミットの申請から取得など、調査・準備、登山までを1人で行った、南米最高峰であるアコンカグア(6,962m)に挑戦した戦いの記録です。

この記事は、2008年2月に行った日記をほぼそのまま起こした読み物となっています。

2018年最新の費用や道具などの登山情報は下記リンクにまとめましたので参考にしてください。

 

 

アコンカグアとはアコンカグアは、アルゼンチンとチリの国境にある南アメリカ大陸最高峰(6,962m)の山で、七大陸最高峰(Seven Summits)の中にあってはエベレストに次ぐ2番目の高山。日本では2012年の年末に”世界の果てまでイッテQ”の番組でイモトさんが挑戦した山でも知られる(この時は登頂断念)。また、登山に難しい技術が不要で、初心者でも比較的登りやすい山としても人気が高い。

 

3年計画で日本を出発した管理人は西回りで地球を移動し続け、2年3ヵ月を迎える頃にようやく南米に辿り着きました。

この旅中にはこれまでヒマラヤ(ABC、サーキット)、キリマンジャロ、ロライマ、ワイナポトシなどに登山してきましたが、次なる挑戦は南北アメリカ大陸の最高峰アコンカグアです。

ルートや時期を調整しながら南米を移動し、アコンカグア登山起点の町であるアルゼンチンのメンドーサまでやってきたところから日記は始まります。

 

メンドーサ到着

ボリビアからウユニ塩湖を抜けチリに入国。チリの首都サンチャゴからアンデス山脈を横断し、アコンカグア登山の起点の町、メンドーサにようやく到着した。

ここ数日間はバスに乗りっぱなしだったので疲れ切ってはいたが、のんびりしていては登山シーズンが終わって登れなくなってしまう。すでにベストシーズンからは外れつつあるのでこれ以上は遅れられない。すぐに宿を取り、オーナーから情報収集を行った。

市内にある観光局で登山パーミットを申請し、登山用具のレンタル屋を探し値段交渉、地図の購入、15日分の食料の購入、登山口までのバスの手配、ムーラの手配など、比較検討して歩き回ったとは言え、丸2日も費やしてしまった。

 

メンドーサの街中
途中、あまりにも疲れてこのベンチで休憩したら、木漏れ日が気持ちよすぎて気が付いたら1時間以上も爆睡してしまっていた。

 

明日はいよいよ出発の日。寝る前に準備した道具や食料などパッキングする・・・が、どうやってもベッドにぶちまけた荷物の半分くらいしかバックパックに入らないことが発覚。オーゥメーン。

イスラエリーたちがキッチンを占領し、飯も作れない。しかも、誰かの荷物が盗まれたらしく、宿総出で犯人探しをしている始末。なんなんじゃこの宿は。頼むからトラブルなく出発させてくれ、そう願う夜だった。

 

1日目 メンドーサ~コンフルエンシア

日付:2月23日
天候:晴れのち雪
標高:2,850m(スタート地点)~3,300m(コンフルエンシア)
気温:+10℃前後(日中)
距離:約8km
時間:2.5時間

メンドーサ出発

朝の5時50分に起きたが部屋のドミトリーが異常に寒い。まったく寝苦しく無く過ごしやすい気候のメンドーサにあって、なぜわざわざエアコンをフルパワーで運転するのか!?冷蔵庫のように冷え切った部屋では熟睡できず寝起きはすこぶる悪い。

他の人は毛布に包まり凍えそうに眠っている。外はまだ暗い。一応昨日のうちにパッキングは済ませてあるが、何か忘れていそうな気がする。暗がりの中もう一度荷物をチェックする気にもなれず、どうでもよくなってチェックアウトした。

 

拡張できるところは全て解放した100Lのバックパックがいっぱいになり、両手には食料がたんまり入ったビニール袋が4つ。お、重い。食料を買い込みすぎた。実は石橋は叩いて渡るタイプの慎重派。食料を念のために・・という発想が抜けきらずどうも多くなってしまった。冷静に考えると一月ぐらい持つ食料の量だ。ただ、これだけあれば天候不良や体調不良に遭っても食糧不足のために下山ということはなくなるはずだ。とにかく、備えあれば憂いなし!!

 

登山口までのバスに乗り込むと、何もしてないのにどっと疲れが出てあっという間に眠りに落ちてしまった。・・・はっ!!!時計を見ると出発してもう3時間も経っている。ぼちぼち目的地のロスプキオに着いてもいい時間だった。しかしバスはどう見ても停車している。乗客も外に出たり何やら騒がしい。

 

立往生するバス、のはずがほとんど撮れていない。。
アコンカグア登山口までのバスが故障中

一体何が起こったというのか、おろおろして乗客に聞いてみると、壊れて今止まっているよーん、と教えてくれた。確かに外へ出てみると、ドライバーがエンジンルームを開いて油まみれになりながら修理している!

この期に及んで故障とは、やはりスタートが鬼門のようだ。キリマンジャロ登山出発時には、ホテルのエレベーターが無いはずの地下までいったことがあることを思うと、この程度の問題で済んだと考えればまだマシなのかもしれない。

 

ムーラに荷物を預け登山口へ

結局予定よりも3時間程遅れてロスプキオに到着した。ロスプキオはムーラ(ロバと馬を掛け合わせたような動物)を飼っている小さな牧場で、そのムーラを使ってクライマーの荷物をベースキャンプまで運ぶサービスを生業としている。

頂上を目指そうとするほとんどのクライマーはこのサービスを利用する。つまり、こんな物流サービスが当たり前になるほどクライマーの荷物は重く、また登山口からベースキャンプまではただひたすら長いのだ。

 

なぜか目隠しされているムーラ。
目隠しされているムーラ

ここで荷物のおよそ半分を預け、明日までにベースキャンプに送り届けてもらう。荷物を預けた後は、ハイエースのようなバンで直接登山口まで送り届けてくれた。幹線道路の途中からアコンカグアの南壁が姿を現した。おぉぉぉぉ!!スゲーー!!!ずっと頭の中だけのイメージだったものが、今現実としてしっかりとこの目に映っている。興奮してドキドキが止まらない。ちゃんと頂上に立ってやるからな、待ってろよアコンカグア!!!

 

 

いよいよ登山スタート!

頂上は雲に隠れているが、オルコーネス谷のど真ん中アコンカグアが姿を現す。
アコンカグア南壁をオルコーネスより望む

登山口のオルコーネスでは、クライマーのパーミットのチェックをするテントが設けられている。レンジャーから各キャンプ地の説明などが淡々となされ、自分で出したゴミを全て持って帰ってくるようにゴミ袋が渡された。準備期間から入れるとずいぶん時間が掛かってしまったが、遂に俺のアコンカグア登山がスタートである。

スティックを両手に持ち、パックパックを正しい位置に背負い、いつもの姿勢で歩みを進めた。他にクライマーは見当たらない。頭の中はやったるどー、やったるどー、やったるんじゃー、とやる気に満ち満ちていた。

しばらくはオルコーネス谷のど真ん中に鎮座するアコンカグア南壁を眺めながらのトレッキング。ネパールのヒマラヤトレッキングを思い出してなんだか楽しい。ビューポイントが代わる代わる出てきて飽きる暇がない。標高はまだ2~3,000mなので息苦しさも特に感じることなく快適に進める。

オルコーネス谷をトレッキング

しかし、余裕があったのは最初の一時間まで。次第に20Kg程ある荷の重さが肩に食い込みこたえてきた。登りに入ると息も切れるし、もう帰りたくなってきた。最初のあのやる気は早くもどこへ行ってしまったのか。こんなことでは先が思いやられる。

 

第一キャンプ地コンフルエンシアに到着

いくつかの小さいテントが見えてきた。スタートから2時間30分後、今日のキャンプ地であるコンフルエンシアに到着した。一般のコースタイムは3時間ということだったので、しんどかったものの、時間としては速かったようだ。

早速テントを立てようとするが風が強くて苦労する。ペグがどいつもコイツもふにゃふにゃに曲がりまくっていて地面に刺さらない。そういえばチャリンコの旅のときにボロボロになったのを忘れていた。仕方がないのでペグの代わりに石でテントを固定。荷物を全部テントに放り込むと、突然眠気が襲ってきてそのまま逆らう事もせずに眠りに落ちた。

次にふと目覚めると2時間ほど経っていて、飯を作らなければと無理矢理に体を起こした。手馴れた手つきでストーブの準備をして、250gのパスタを茹で、ソースにはクノールのクリームスープの粉をゆで汁に入れれば完成。あまり旨くないがとりあえず腹には溜まった。

飯を食っている間に雪が降ってきた。明日までに積もらなければいいが。食器とコンタクトを洗いゆったりくつろぎタイム。スペイン語の勉強のために本を持ってきたが、これを開くととたんに眠くなるので、このところ55ページ付近から全く進めないでいる。今日も魔の55ページの壁を超えられず、20時30分就寝。

 

2日目 コンフルエンシア~プラサ・デ・ムーラス

日付:2月24日
天候:晴れのち雪
標高:3,300m(コンフルエンシア)~4,350m(プラサ・デ・ムーラス)
気温:0℃前後(日中)
距離:約18km
時間:7時間

次の目的地プラサ・デ・ムーラスに向けて出発

8時に目が覚めた。違うところもムックリ起きたが気にしない。寝すぎて腰が痛いが体はちょーすっきり!!テントのチャックを開けてみると、雪はほとんど積もっていなかったがテントの外張りが凍り付いていた。昨日洗って干しておいた靴下も棒みたいになってる。この標高ですでにこの寒さ。もっと寝袋でぬくぬくしていたかったが、今日の道のりは長いはずなので気合を入れて出発の準備に取り掛かる。

 

パッキングを完了し9時30分にようやく出発。本来ならば高所順応のため、ここからプラサ・デ・フランシアという違うルートのベースキャンプまで日帰りで行くのだが、ここに来るまで高所を旅してきた俺には必要ないので、先へと急ぐ。

ここは大きな谷底なので、太陽がなかなか顔を出さずにとても寒い。1人で調子よくスタスタ歩いていると、いきなり道に迷った。大きな川を渡ってからトレイルがいくつも分岐していたので、どこに行ったらいいか分からずしばらくおろおろしてしまった。とりあえず一番濃いトレイルを選んで正解。

これまでずっと谷の正面に鎮座しており、まるでお釈迦様の手の平にいるようにずっと距離感が変わらなかったアコンカグアが、山に隠れて見えなくなった。いいだろう、次は山頂で会おう。

 

アップダウンはあまりないが、とにかくだだっぴろい谷を歩いているのであまり景色が変わらず進んでいるような気がしない。道も緩い砂利や砂地を交互に繰り返し、足を取られて歩きにくい。

途中小さな川に進路を妨害され、渡河点を探すのに苦労したりして、ずいぶん体力を消耗したときに見た『残り4時間』の看板にはちょっぴりヘコんだ。もうすでに4時間近く歩いてるんすけど。つまりこんな重い荷物を背負って8時間も歩けってことだ。

 

下りの日本人に遭遇

しばらく歩いていると、正面から日本人っぽい男性が降りてきた。40代くらいかな?ただあまりに肌が黒いので、現地民のポーターかもしれない。とりあえず無難に「オラー」と先に声をかけてみた。

すると向こうから「もしかして日本人ですか?」と問いかけられた。頭の中では「ぱんぱかぱーん」と大きいくす玉がパカっと開いてしまうほど嬉しかったが、ここはぐっと抑えて極めてクールに「マジっすか!?ヤッッタァぁぁーーー!!!」と返してしまう。控えめに言ってアホだろう。

ここでアコンカグアの生の情報を入手することが出来た。この男性は14日間で登頂を果たしたそうだ。この人が山にいる間、天気は雲ひとつ無い快晴がずーっと続いていたというが、昨日から雪が降り出したという。

そう、俺が山に入ったその日から天候が崩れてきたのだ。確かに昨晩はこちらでも雪が降った。どーせまだまだ山頂付近には行けそうもないので、この時は「今のうちに天気は悪くなっておくがいい」とさえ思っていた。

それからはずっと上りを感じさせない程のなだらかな登りだったのが、だんだん急になってきた。これが噂に聞くベースキャンプ前の急坂か!?そう思うと体に力が入り、これを越えたらベースキャンプだという気持ちでどんどん登っていけた。

 

第二キャンプ地プラサ・デ・ムーラスに到着

距離的には大したことなく意外にあっさりベースキャンプであるプラサ・デ・ムーラスに到着した。レンジャー小屋ですぐにチェックイン。この地点で酸素量は平地の6割しかない。そのためここではメディカルチェックがあるということを聞いていたが、特になにもなかった。

あったのは、ウンコを入れるためのビニール袋を渡されただけだった。ここから上へは野グソ厳禁。ダメ絶対。環境に配慮してウンコも袋に入れて持ち帰らなければならないのだ。袋はジップロックのようにチャックが出来るタイプではないので、漏れてこないか心配だ。

 

ここは文字通りアコンカグア登山のベースとなるキャンプ地。目の前の山から氷河が流れ落ちている様が大迫力!トイレ、水、医者、電話、インターネット、ホットシャワー、などなど下手な田舎よりも設備は整っている。しかもテントスペースは今の時期あまりまくっており、自由に張ることが出来た。

 

左下に見える小さなテントの集まりがプラサ・デ・ムーラス。氷河がすぐそばまで押し寄せる。
プラサ・デ・ムーラの近くまで押し寄せる氷河

ここではムーラに運んでもらった荷物を受け取る。さっそく中身をチェックすると驚くべき光景が広がっていた。ドゥルセデレチェ(キャラメルみたいなどろっとしたお菓子)のパッケージが爆発して服やら何やらに飛び散りまくっている。水に入れて飲む用のオレンジ味の粉袋もおまけに炸裂。パスタの袋は穴だらけになり、カバンの中は甘い匂いがぷーんと鼻をつく。

 

なんかのドッキリかな??

 

などとも考えてみたが誰も近寄ってこないので違うようだ。きっと動物での輸送の事だ、様々な衝撃や摩擦が繰り返されこのようになったことは想像に容易い。文句を言ってもしょうーがないやと、この日の残りは一日をかけて黙々とドゥルセデレチェと、オレンジ味の粉を洗い落とした。うんこ漏らして1人黙々と洗ったあの日のこと想い出しながら、ちょっぴりセンチメンタルな気分に浸っていた。

この日も午後から天候が崩れてきた。ローシーズンに入ってしっかり天候は下り坂。夜は21時30分ぐらいまで明るいのがせめてもの救いだ。

晩飯にまたパスタを作ったのだが、今日は大量の食料が入った荷物を受け取ったので豪華さが違う。シーチキンもあるしサラミもある。さっそく缶を開けてパスタにぶちまけちゃおっかなーとむふふな気分でいたところ、衝撃の事実に気付いた。

 

「缶切り持ってねー!!!!」

 

それならサラミを入れようとうひひな気分でいたところ、またしても衝撃の事実に気付いた。

 

「ナイフ持ってねー!!!!」

 

なーんか忘れ物したと思ったらこれだったか。しかしその辺りの機転は利く俺、レンジャーから缶切りを借りて缶を空け、その缶の鋭利なフタをナイフ代わりに太いサラミを切ることで事なきを得た。

まだ人が多い場所なので今回はなんとかなったが、ここから上にはもうレンジャーはいない。生きるかくたばるかは自分のサバイバル能力にかかってくるのだ。全身で学べ!俺!!

テントにパサパサと軽い何かが当たる音がする。また雪が降ってきたのだ。寝袋に入りながら本を読むと案の定眠気に襲われる。ヘッドライトの電池も節約しないとならないので、23時就寝。

 

3日目 プラサ・デ・ムーラス~キャンプ・カナダ日帰り

日付:2月25日
天候:晴れのち雪
標高:4,350m(プラサス・デ・ムーラ)~5,050m(キャンプカナダ)
気温:0℃前後(日中)
距離:約6km(往復)
時間:4.1時間

スロースターター

プラサ・デ・ムーラから。山の山頂から徐々に光が当たって明るくなり始める。
プラサ・デ・ムーラとテントと朝日

まったく眠られなかった。昨日は長時間歩いて体は絶対疲れていたはずなのに。朝方になるとぐっと冷え込んできて足元が寒かった。日本から持ってきていた自分の寝袋に不安があったので、メンドーサのレンタル屋で-30℃まで耐えられる寝袋を借りたというのに。

今後は更に2,000m以上高いところでキャンプしなければならないことを考えると、大体100mで0.6℃下がるから、このクソ寒くて寝られない場所よりもさらに12℃も低い計算になる。何か対策を考える必要がありそうだ。

そして、太陽が出るまでは何をするにも寒すぎるので、寝袋の中でションベンも我慢しながら、ただひたすら山の上から射す光をじっと待っていた。

 

次のキャンプ地へ荷上げ&高度順応

今のところ高山病の症状はまったくこれぽっちも出ていない。なので、予定通り今日は次のキャンプ地であるカナダに荷物の半分を持って上げることにした。10時30分を過ぎて太陽が谷底を照らし始めてから動き出したので、飯を食ったりなんやかんやしてると出発は12時15分になった。

ここから上はいよいよ本格的な登りが始まる。荷物が重すぎて、牛歩のようにゆっくりしか歩けない上に、標高が4,000mそこそこにしては息が切れすぎる。おまけに天候がまた午後になって崩れてきた。雪が降ってガスってもうサイアク。

 

急峻な登りの途中にわずかな平地が。みんなの休憩場所となっていた。
キャンプ・カナダまでの道の休憩地点

途中で登頂を断念して降りてきた男と話をしたが、今の山頂付近のコンディションは雪が膝辺りまで積もって最悪と言っていた。まだ山頂までは時間がる。それまでに天候が回復することを祈るだけだ。

大雪になってきて視界も悪く、どこがキャンプ・カナダなのかよく分からない。そして自分の足跡を消してゆく吹雪。ちょっと怖くなってきた。ゴム製の長いストローを使って、リュックに入れてある水筒から水を補給していたのだが、そのストローに入っている水が凍って飲めなくなった。喉が渇くので降り積もっている雪を食べて口を濡らす。

 

ベースキャンプへとんぼ返り

降りてきた二人組みの男に「カナダはそっちじゃない!」と訂正を受けた。視界が悪く道を大きく反れていたようだ。ありがとう。雪で隠れた道を何度もトラバースして、ようやく、ようやくキャンプ・カナダに着いた。あー疲れた!!

天気も悪いことなのでさっさと用事を済ませてしまうことにする。主に食料の荷物を袋に入れて、風に飛ばされないよう重石をして岩陰に隠す。ここからは眼下にプラサ・デ・ムーラスにあるテントが点々と見える。

 

キャンプカナダからプラサ・デ・ムーラスを見下ろす。
キャンプ・カナダよりプラサ・デ・ムーラを眼下に望む

3時間30分も掛かった登りであったが、下りは荷物が空ということも手伝ってたった40分でプラサ・デ・ムーラに降りてこられた。

 

ストーブの調子が悪い。標高が高いからか詰まっているからなのか、不完全燃焼気味だ。こいつもあと2,000m持ってくれるか心配だし天候も心配。あー心配心配、心配事だらけ。1人で時間があるとロクなこと考えない。

今日もやっぱりパスタを食うが、高所で胃腸の働きが悪くなることを想定し量はかなり減らした。21時30分、まだ雪は降り続いている。テントに雪が当たるサラサラという音だけが子守唄だ。しかし、今日も目が冴えていてあまり眠れる気がしない。魔の55ページをやっつけるとしますか。

4日目 プラサ・デ・ムーラス~キャンプ・カナダ

日付:2月26日
天候:晴れのち雪
標高:4,350m(プラサ・デ・ムーラス)~5,050m(キャンプカナダ)
気温:-5℃前後(日中)
距離:約3km
時間:2時間

白銀の世界

プラサ・デ・ムーラに降った大雪

やっぱりほとんど眠れなかった。そして俺の頭が悪すぎるのか、それとも酸素が少なすぎるからか、魔の55ページが何度読んでも理解できなかった。いつになったらあのページを卒業できるのか。こいつを燃やして荷物を減らしたい。

起きるとテントの内側は霜だらけ。チャックを開け外に出ると、別の世界にワープしたかのように色が一変していた。降り積もった雪が大地を覆い白銀の世界になっている。空は抜けるように青い。そして、高い山の頂から光が当たり始めてきた。なんという神々しい光景だろうか。しかしここに光が届くまではまだしばらくかかりそうだ。

ふと、犬のような小さな動物の足跡がテントの周りにあったのを見つけた。雪が積もってからの足跡だからまだ近いぞ。こんな厳しい環境下でも、立派に生き抜いている野生動物はすごい。そんな風に関心をしていたら、普通に犬が横切っていった。ほんとすごいわ。

 

一体何時に出発したというのか、山の斜面を見上げると、そこにはすでに数人のグループが登っているのが米粒のように小さく見えた。雪で隠れたトレイルを探さなくて済むのでありがたい。

今日は昨日荷上げしたキャンプ・カナダへ移動するだけなので、朝もゆっくりできる。寒いので寝袋に入ってゴロゴロしていると、10時30分すぎにようやくテントに太陽の光が当たり始めた。内側に張り付いていた霜があっという間に溶けていき、テントの中が明るく暖かくなってくる。さすが太陽、ありがたやぁ。ありがたやぁ。

メシ食ってテント畳んで12時35分に出発。昨日運んだ荷物は半分以上あったらしい。荷物が軽く感じて昨日よりもさくさく進んでいける。先遣隊が先に登っているので、雪が踏み固められていて歩くのも楽だ。

 

第三キャンプ地 キャンプ・カナダに到着

一体何人の人を抜いただろうか。昨日はボトルの水も凍りつき、辺りはガスって道に迷いながらも必死で3.5時間もかけて辿り着いたカナダだったが、今日はたったの2時間で着くことが出来た。人間の適応力ってスゴイ。

 

キャンプ・カナダの全景。
キャンプ・カナダの全景

キャンプ地は大きな岩の裏側に出来たなだらかな斜面にあり、それほど広くなくテント30張りぐらいのスペースしかない。その中でひときわ目立つオレンジ色のテントは、仲間外れ感ハンパない。

今日は同じクライマーに挨拶をしても帰って来ないことが多い。どうせツアーの団体で登っている欧米人だろう。やがて夕方になってまた雪が降り始めた。これで四日連続だ!ヤヴァイ!!

 

ダイヤモンドダスト現る

このキャンプからは上は沢がなく、水はその辺にある雪から作らなければならない。一見きれいに見える雪も溶かしてみると、小石が多く混ざっていて取り除くのが面倒だ。そして何よりも溶かした水は鬼のようにまずい。

標高が上がるのと比例して調子が悪くなっていったストーブだったが、ついに飯を作っていると突然暴発して真っ赤な炎を撒き散らした。寒いからってテントの中で料理しなくてよかったー!!

 

飯を食っている間に雪が止んで、代わりに雪の結晶のような細かいものが舞い始めた。太陽の光を受けてそれはキラキラと美しく輝いている。ダイアモンドダスト。噂レベルでしか聞いたことがなかったこの自然現象だったが、こんなところで見られるとは俺はツイている。ツキ男だ。

アコンカグアはつまらない山と誰かから聞いたことがあるが、そんなことはまったく無い。巨大な氷河と連なる山々の一大パノラマに、美しい自然現象まで飽きることはない。ただ、山頂付近は未だにガスで包まれた竜の巣状態になっているのはいただけない。天候が安定するのはいつになることやら・・・。

 

突然空中に光の柱が出現。極めて低温でしか発生しないとされているダイヤモンドダスト。
アコンカグアのダイヤモンドダスト

寒くてやることもないのでテントの中でぼーっと寝袋に包まっていると、10数人の登山ツアー団体客が外でワイワイガヤガヤと非常にうるさくて困った。挨拶もろくに出来ないくせに、育てた親の顔を見てみたいもんだ。しかしよくよく会話の内容を聞いてみると、それは興味深い内容だった。

 

ビューティフルサンセット

なにやら「ファッキンビューティフル、オゥ、ワッタァファッキンビューティフル!!」と聞こえる。一体何がファッキンビーティフルなんだと耳を澄ましてみると、夕日がファッキンビューティフルということらしい。ほぅ、それはいい情報を聞いた。

ファッキンビューティフルな夕日は俺も見ておかねばとテントのチャックを開けようとする、が!!なんとチャックが凍り付いていてビクともしない!!うおぉぉ、早くしないと日が沈むではないかー!!!

ガチャガチャと動かしてみても頑として動かないチャック。イライラしてきて思いっきりチャックを引き上げたら噛み込んだ。うぉのれー!!!これならどうだっ!!力いっぱい下げたらチャックが閉まっていないのに下がり始めた。ノォォォーー!!!俺を出してくれぇぇぇーー!!

チャックと格闘してガタガタと揺れる日本人のテントは、はたから見ても非常に不気味に映ったことだろう。しかし、こちとらなりふり構っている場合ではなく、ファッキンビューティフルな夕日がかかっているのだ!!!

なんとかチャックを開けることができたが、ここで慌てるとアイツらの思うツボだ。内心は夕日の方向にすぐ振り返りたかったが、慌てない慌てない。「トイレの為に出たんですけど?」何か?と言わんばかりの渾身のポーカーフェイスをおみまいする。そして、トイレのついでに西の空でも見ますか、というスタンスでチラリ。

 

ウソだろ?

 

 

キャンプ・カナダから見るサンセット

もはや太陽は完全に沈み切っていた。good bye my sun.

 

おいチャック?俺と長い付き合いやん?なぜ噛み込んだ?なぜ俺をテントに閉じ込めた??ドッキリだったら許そう、「テレッテレーン ♪」というBGMと共に大成功!!と書いた看板持ってきたら許してやろう、チャック?んんっ!??おおぉぉい!!!ファッキンチャァーーック!!!

 

極限の地は、ドラマが尽きない。

 

日が落ちると途端に寒くなるので、いそいそとまたテントに入って寝袋に滑り込んだ。ヘッドライトで本を読んでいたが、外に出している手が手袋をしていても寒くて出してられなくなる。全然眠くはないが寝ることにしよう。今日はようやく魔の55ページを突破したので、良い夢が見れそうだ。23時就寝。

5日目 キャンプ・カナダ~ニド・デ・コンドレス

日付:2月27日
天候:晴れのち雪
標高:5,050m(キャンプカナダ)~5,560m(ニド・デ・コンドレス)
気温:-10℃前後(日中)
距離:約3.5km
時間:3.4時間

寒くて眠れずに迎えた朝

今日も寝られなかった。とにかく寒い。‐30℃まで耐えられるはずのこの寝袋で、外気が‐30℃になったらきっと2度と目覚めない。南国に行きたい。ただそれだけを唱え続けた。

10時30分に太陽がテントを温めてから起床。相変わらず朝だけは天気がいいぜこのやろう。さぁ、ビニール袋を広げてパンツを膝まで下ろし、毎朝恒例のウンコ射的はどうかーっ!?袋のど真ん中にうまくストライーック!!そして、それを黙々と片付けている瞬間が人生で一番切ない。

予定ならば、もう一泊キャンプ・カナダで泊まるはずだったが、体調も良く高度順応が思いの他うまくいっているということと、次のキャンプ地までの工程はちょろいと聞いたので、今日中にもう一つ上にあるキャンプへ移動する事に決めた。

荷物もカナダへ来たときのように二回で分けて運ぶつもりだったが、キャンプ・カナダを一泊で出ることにしたので、全ての荷物を担いで行くしかない。

 

結果から言うと、この時の判断は間違っていた。いくら体調が良くても、予定通り高度順応と荷運びは必要だったのだ。

 

ニド・デ・コンドレスに向けて出発

肩にメリ込んでくるこの重さ。一歩ごとに心の柱が打ち砕かれそうだった。皆が言うにはここから次のキャンプ地ニド・デ・コンドレスは標高差たった500mなので近いし簡単だという。その言葉を信じてラオウのごとくズシズシと歩いていく。酸素が薄く、タオルで顔をぐるぐる巻きにまかれているような息苦しさだ。

それでも先行していたツアーの団体客を1人、また1人と抜かしてトップに立った。あいつら荷を持っていないのにこの遅さ、本当に登頂できるんだろうか??

まだ13時を過ぎたばかりだというのに空が曇ってきた。イヤ予感がする。と思った途端、まーた雪が降り始めた。信じられん、これで五日連続っ!!!斜面によれば雪は膝まで埋まる。歩き難く息も苦しい。誰がちょろいって言ったんだ!?全然簡単じゃねーよバカヤロー!!!

 

そしてようやく一つの丘を登り切りなだらかな斜面へ出た。カナダから見上げてこの辺りがニド・デ・コンドレスだと思っていたが、現実は甘くない。まだ更に大きな斜面を一つ越えないとならないようだ。ツアーのガイドに抜き去り際に聞いたところによると、ここからあと2時間はかかるという。飲み水もまた凍ってしまった。少し休憩を取り、クッソ重い荷を担いで再出発。

風が強く、横殴りの雪がガンガン降ってきて見る見る間に積もっていく、もはや吹雪の様相。トレイルなど埋まって見えなくなり、新雪なのでズボズボ開拓しながら歩くため相当体力を消耗させられる。そしてここにきて少しずつ頭痛を感じてくるようになった。やってもーたー!!と心の中で思ったが時すでに遅し。さすがにこの高所でこれだけ無理をすれば高山病の症状も現れて当然だ。

 

第四キャンプ地 ニド・デ・コンドレスに到着

出発から3時間40分後、ようやく吹雪の中、ニド・デ・コンドレスに到着した。このキャンプ地は広い。正確には雪が埋め尽くされているので分からないが、テントを張れるスペースは100や200ではないだろう。

そしてこのキャンプ地は常に同じ方向から強い風が吹いているのが、大きな岩の後ろに出来ているえぐれたような雪の風紋で分かった。この積雪と風の中、無限に広いこの場所でどこにテントを張るべきか?風除けにもなる大きな岩の後ろに立てるのがベストだろう。

キャンプ地を決めたら今度はその場所の雪の圧雪。バスバスと踏んで雪を固めてその上にテントを立てる。5,500mの高所でこの作業は非常に骨が折れた。テントの入り口から雪がわんさか入るので、とりあえず荷物の全てをテント内に放り込んで自分も飛び込んだ。

21時になっても吹雪は衰えることを知らない。雪がバシバシとテントに打ち付ける音と、強風により頑丈なはずのテントのフレームが時折ぐにゃりと曲がるのをみて、俺はなんてところに来てしまったんだと急に恐ろしくなってくる。

 

長い吹雪の夜

水がもう無い。せめて水だけでも作らせてくださいよおてんとさん、とお願いしてみるが雪と風は止みそうもないので調理は諦め、干し物やスナックなどの簡易的な物で夕食をとった。すると余計に喉が渇く。み・・みずを飲ませて・・・。

頭痛は徐々に大きくなってきている。こんなことなら急いでここに泊まらずとも、予定通りキャンンプ・カナダから2日かけて来ればよかった。それよりも、朝までに雪がテントを埋め尽くし窒息しないかが心配だ。風でテントごと吹き飛ばされる可能性もある。寝る前には考えうる最強最暖の装備に着替えて寝袋に入った。これで夜の寒さが耐えられなかったら、下山しか道は無い。

 

夜、寝ているとなぜか発狂しそうな恐ろしい気分に駆られた。吹雪で外へ出られないストレス、テントの狭さ、息苦しさ、頭痛、高度、寒さ、水不足、その全てが圧し掛かってくるようで、心を落ち着けるのに時間が掛かった。

下界に早く帰りたい。外に出たい。暖かいところへ行きたい。美味しいものが食べたい。日に日に精神状態が病んで来ているのが自分で分かる。頭痛で寝られそうも無いが、とにかく目をつむって早く朝が来ることを願った。

 

次回、ローシーズンのアコンカグア単独登山へ~世界一周中の挑戦~その② へとつづく

2017/10/30